日本キェルケゴール研究センター・ホームページ
(Søren Kierkegaard Research Centre in Japan)


  2013年・キェルケゴール生誕200年記念・ホームページ

『キェルケゴール・北シェランの旅』 ―真理とは何か―
前のページに戻る 次のページへ

本書の内容
日本キェルケゴール研究センター
キェルケゴール 北シェランの旅/目次

まえがき
凡 例
序 遥かなデンマークの夏

第一部 北シェラン日誌
前史 謎深い家族――一八三五年夏まで
父と子/静かな絶望/神学生/死の家/一八三五年

北シェラン日誌〔 AA1 ― 12・一八三五年〕
日誌 AA1 〔ギレライエ〕― 日誌 AA12 〔日誌・ギレライエ〕
北シェラン日誌 注解・補説〔注解 AA1 ― 12・一八三五年〕

その後 ルビコン川をわたったか?
遊学生/憂愁の譜/アンデルセン

第二部 キェルケゴールの北シェランを巡礼して
1.「砂嵐の村・伝説の町」(日誌 AA1)
 砂嵐の村/孤高の教会/聖女ヘレネの伝説

2.「ここにいるのはよいことです」(日誌 AA2 ・ AA3 )
 グーアの古城/ヴァルデマー王の悲話と狩り/ヘルベック――武器と自然

3.グリープ・スコウの森――デンマークの「こころ」(日誌 AA4 ・ AA5 )
 「みずうみの道」/森と湖/森とデンマーク文学

4.ハマナスの丘――ギルベアの高台(日誌 AA6 )
 ハマナスの丘に立つ/キェルケゴール記念碑/海の入日 

5.「ここは最も美しい一つ」――カールス・セー湖(日誌 AA7 )
 古都ヒレロズの名城/カールス・セー湖

6.セボーにて(日誌 AA9 )
 セボー/セボー教会とフレスコ画/「アヴェ・マリア」

結びに――ギレライエ懐旧

第三部  附 論
1.資料問題 ―― 日誌遺稿文書 ・《北シェラン日誌》・日誌 AA12 の資料問題

2.自然と人間――キェルケゴールにおける自然観
  「白い睡蓮の花」/エアステズ『自然の中の精神』/自然科学「あらゆる破滅は、最後には自然科学から……」

3.いわゆる「大地震」の問題――キェルケゴール青年時代の謎
  資料問題 /「大地震」が生じた時期 /「大地震」体験の意義 /「大地震」関連の主要文献および資料 

終曲 「遠き日の」―エスロム湖 叙情―

あとがき
〔付〕「キェルケゴール」か「キルケゴール」か――その日本語表記について
参考文献/デンマーク語(英・独語)文献/日本語文献
地図―北シェラン
索引 Ⅰ・Ⅱ
デンマーク語目次
関連画像 クリックすると大きな画像が出ます
前史:「謎深い家族」―1835年まで
日本キェルケゴール研究センター
王立図書館・旧本館前庭の
キェルケゴール像
に
今は、この情景も失われて
日本キェルケゴール研究センター
N.Chr.Kierkegaard.の 鉛筆画による版画。1840年(28歳)の頃。この一枚の鉛筆画に、さまざまな人生のドラマが結びつく。
日本キェルケゴール研究センター
生地ニュトー(コペンハーゲン)の今日
日本キェルケゴール研究センター
コペンハーゲン大学(本館)

日誌AA:1 砂嵐 の村、伝説の町
日本キェルケゴール研究センター
グリープスコウ鉄道の終着駅
「ギレライエ」
に
砂嵐記念碑
日本キェルケゴール研究センター
ティヴィアケ教会
砂嵐に勝利した教会
日本キェルケゴール研究センター
ティヴィアケ教会の聖壇 (国宝)
日本キェルケゴール研究センター
砂嵐の昔を伝える
ティヴィアケの丘
日本キェルケゴール研究センター
デンマークの夏を舞う蝶たち
日本キェルケゴール研究センター
北国の短い夏を咲く花
日本キェルケゴール研究センター
聖ヘレネの墓
日本キェルケゴール研究センター
聖ヘレネの泉
名高い巡礼地
に
聖ヘレネ献金箱
日本キェルケゴール研究センター
フレーズンスボー城正面
日本キェルケゴール研究センター
フレーズンボー城庭園内
ノーマンス・ダーレン
(c) Post Danmark
日本キェルケゴール研究センター
ノーマンス・ダーレンの砂像の一つ(結婚式に招かれた娘)
日本キェルケゴール研究センター
「フレーゼリクスヴァーク」の名を馳せたデンマーク国軍の備砲

元のページに戻る 次のページへ
日本キェルケゴール研究センター