日本キェルケゴール研究センター・ホームページ
(Søren Kierkegaard Research Centre in Japan)


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関西学院大学図書館・学術資料特別展示
―キェルケゴール生誕200年記念―

展示期間:2012年11月1日~12月5日
日本キェルケゴール研究センター展示場所
関西学院大学図書館
(西宮市上ヶ原キャンパス)
問い合わせ先
関西学院大学図書館・運営課
電話番号
0798-54-6121
主催
関西学院大学図書館
協力
日本キェルケゴール研究センター
画像をクリックするとポスターの詳細をご覧いただけます。
*こちらから展示品詳細(PDF)をご覧いただけます。

A.展示品

1・キェルケゴールの生涯・思想から
公刊著作全集・初版本コレクション
(関西学院大学図書館蔵)
大学入学許可書
(マイクロフィルム)
「大学生セーレン・キェルケゴール」
(原画の写真コピー)
「若き日のキェルケゴール」
(1840年・28歳頃)、版画
永遠の人・レギーネの肖像画
(原画の写真コピー)
婚約指輪
(コペンハーゲン博物館提供・展示物の写真コピー)

「キェルケゴールとの思い出が深いコペンハーゲン聖母教会」
(ロイヤルコペンハーゲンのクリスマスプレートと銅版画)
若き日の最大の謎を秘める「大地震」記述の手稿
(原資料を秘匿するデンマーク王立図書館提供による直接コピー)

2・関西学院大学図書館所蔵のマイクロフイルムから
(デンマーク王立図書館提供)
婚約者にあてた手紙
「水曜日の手紙」
「手書きのイラストがある手紙」
ベルリンから姪ヘンリエッテにあてた手紙
アンデルセンからの手紙
日誌誌手稿

名著『反復』につながる記述「イースター第二日の夕拝のとき、別れたレギーネと出会った・・・」〔この記述はインクで消されている〕。
遺稿ノート「彼女に対する私の関係」
(装丁表紙のカラー写真ほか)
主著『死にいたる病』の印刷原稿
最終稿となった冊子『瞬間』(第10号)の印刷原稿

遺言状


3・関西学院大学図書館蔵書から
最新版デンマーク語『キェルケゴール原典全集』(SKS)および
注解書(SKS K)から

謎深いキェルケゴール家の「家系書」

『デンマーク・画報通信』(1859-1913年)全巻から
1838年の学生キェルケゴール・ポートレートがデンマークで
最初に公開された誌面

4・日本におけるキェルケゴール
和辻哲郎『ゼエレン・キエルケゴオル』(初版・大正4年刊)
Finn Hauberg Mortensen Kierkegaard Made in Japan, 1996, Odense(Denmark)

5・関西学院大学とキェルケゴール 
教室でキェルケゴールを講義した教員たち、その下で学んだ卒業生たちの著書・訳書など

展示品について、詳細な「目録解説」をご用意しております。

展示物目録・解説〔原稿の一部〕

大学生キェルケゴール N.Chr. Kierkegaard 画
画には、画家自身の手で「1838年1月15日」と日付が書きこまれている。鉛筆書きの素描のままで完成しなかったが、画家の他の数々の作品を凌いで、大きな意義を負う。
展示品は、原画から直接に写真コピーしたFrederiksborg Museum提供によるCDから。原画は、個人の所有物。
これが、デンマークの新聞・雑誌に載せられた最初は、1876年12月7日発行の『画報通信』899号(Illustreret Tidende, nr.899, 7.dec.1876 )。〔関西学院大学図書館蔵〕

三土興三「酔歌」 雑誌『講座』11号(アテネ文庫『酔歌』)
「酔歌」が最初に発表された誌面。
三土興三(父は文部大臣)は、京都帝国大学文学部哲学科の西田幾多郎に学び、期待された秀才であったが、26歳のとき鉄路に散じた。キェルケゴールをめぐる思弁的断想「酔歌」は、その悲劇を物語る。

学徒動員兵・池田浩平 『運命と摂理』 学徒動員兵の遺稿集
旧制・高知高校生のとき、召集令状を受け取ると、部屋の壁にキェルケゴールの写真を貼り、書物を読みあさった。
遺された日記ノートの最後に記される、「みんな、さようなら。インマヌエル・アーメン」。

合田俊二 『北の単独者』
30歳で病没するまで教会の「週報」には、愛読するキェルケゴールに関する小文が連載された。それも105回をもって中断する。早々に死が訪れた青年牧師の心をとらえた「キェルケゴール」とは、何であったか。


日本人の心に刻まれたキェルケゴールの痕跡は、
鮮烈で、すさまじい。
それは、キェルケゴールを読み学ぶことが、
知の遊びでなく、
ただ一つのいのちを生きる実存のたたかい、であったことを
物語る。

日本キェルケゴール研究センター