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(Søren Kierkegaard Research Centre in Japan)


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キェルケゴールか
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「キェルケゴール」か「キルケゴール」か
その日本語表記をめぐって

Søren Kierkegaardという人名を、デンマーク語原音から日本語表記に転写する問題性について、かねてから議論がなされた。「キェルケゴール」あるいは 「キルケゴール」と表記する誤謬が問われ、いずれにしてもデンマーク語原音の忠実な音声的転写となっていないとされるからである。

1.
Søren Kierkegaardに関するデンマーク語の発音については、大谷長先生や間瀬英夫氏の所見が適切と思われる。そうであれ、原音を忠実に転写して「キヤ ケゴーァ」(大谷)と、あえて新たな人名表記を持ち出すのも、昨今の混乱を増幅するばかりであろう。間瀬氏の定見では、「キェルケゴール」もしくは「ケル ケゴール」(「現代語の発音を転写するとすれば、『キアケゴー』」)、そしてSørenは「セーレン」が適切とされる(「現代風なら『セーアン』」)。間 瀬氏は、コペンハーゲン大学にて音声学を専攻され、デンマーク語音声学の研究では日本において第一級の研究者である。氏の所見に偏向があるはずはない。

2.
日 本人の〈キェルケゴール〉イメージを画したのは、和辻哲郎著『ゼエレン・キエルケゴオル』である。和辻は、Søren Kierkegaardをドイツ語風に発音して日本語表記としている(大正四年の初版では〈キエルケゴオル〉、戦後の昭和二十三年の再版では〈キェルケゴ オル〉。それが名著として評価されたがゆえに、このときの表記に学び、その後「キェルケゴール」という表記が定着していって、ごく自然であろう。西田幾多 郎や田辺元の場合にしても、多くは「キェルケゴール」でなかったか。

3.
戦後、従前の表記を正して一段とデンマーク語原音に近い新しい表記をと模索され、〈キルケゴール〉が提示された(「キェルケゴール」が「キルケゴール」へと 変移した内部的な事情について、事実の是非はともかく大谷長先生から直接に伺っている)。しかしこのときの「キルケゴール」にしても、デンマーク語原音の 忠実な「音声的転写」となっておらず、つまりは従前の問題を解決したのでなく、同じ過誤を積み重ねた結果に終わっている。実際その当時、デンマーク語の発音を正確にできた日本人がどれだけいただろうか。

4.
〈キェ ルケゴール〉にしても〈キルケゴール〉もまた、同じようにデンマーク語原音の忠実な「音声的転写」としては問題が残るというのであれば、和辻哲郎以来の伝 統を持つ呼称「キェルケゴール」を選びたい、――あえて〈偉大な誤謬〉を愚直に。「アンデルセン」や「ゲーテ」の場合がそれであるのと同じように。(かつ てわれわれの先人たちが労苦して仕上げた『キェルケゴール選集』(全三巻、改造社、昭和十年)は、当時の国際的な研究趨勢に照らしても、われわれ日本人が 十分と誇示できる輝かしい偉業である。そこでは、〈キェルケゴール〉でなかったか。)

[資料]
田淵義三郎「キルゲゴール雑考」(1.Kierkegaardをどうよむか)、『美知』第一輯、1940年1月、113-130頁。
W・ラウリー(大谷長訳)『キェルケゴール小伝』「あとがき」創文社、1958年。
ヨハネス・ホーレンベーャ(大谷長・他訳)『セーレン・キェルケゴール伝』「凡例」ミネルヴァ書房、1967年。
キェルケゴール協会刊『キェルケゴール研究』(創刊号)、「キェルケゴール協会会則・一」、1964年。
間瀬英夫「Kierkegaardという姓の発音と音声的転写」『キェルケゴール―デンマークの思想と言語』東方出版、1982年、416‐403頁。


(追記)
  西田幾多郎・田辺 元・三木 清など、激動する時代を生きて、それぞれの学問・思想に殉じた人々は、いずれも〈キェルケゴール〉である。その後、大谷 長 は、仏教徒としてキェルケゴールと取り組み、重厚な思索を重ね、キェルケゴール思想の分析では日本人で最高の見識を展開されたが、最後まで〈キェルケゴー ル〉という日本語表記の妥当な理由を説き続けられた。武藤一雄の著『キェルケゴール』は、味わい深い名著である。〈キェルケゴール〉の表記では、どこにも 揺るぎがない。岩波文庫で版を重ねる『死に至る病』の訳者・斉藤信治は、その労作『ソクラテスとキェルケゴール』とともに、同じく 〈キェルケゴール〉 である。日本宗教学会会長として活躍された石津照璽に接したデンマーク人たちは、敬虔な人柄を偲び、まことに仏教徒であると称えられる。その研究集成にし ても〈キェルケゴール研究〉でなかったか。
日本キェルケゴール研究センター